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【東海道五十三次ふらっと-flat-完歩】Vol4.品川~川崎宿 <後編> 今日は吉原・堀之内

『東海道五十三次ふらっと-flat-完歩』とは…
ふとしたきっかけで東海道を歩き、その魅力に目覚めた筆者が、旧東海道に沿って、五十三次、約500㎞をテキトーに歩き、永い歳月をかけてついに完歩してしまった感動巨編!(ただし全米は泣かない)。

時間がある時にぶらっと出かけて、気の向くままに歩くシステム。よって歩く順番もランダム。名所旧跡を語るより、街道沿いの人々や風俗(変な意味ではない・・・と思う)、B級スポットなどを、ときどき妄想も入れつつ紹介し、いつか現代の十返舎一九と呼ばれたい。

この日のゴールは川崎宿。多摩川を越えて少し行くと、何やら昔、「オレたちひょうきん族」の「タケちゃんマン」でよく聞いてた主題歌に出てくる隠微な場所に迷い込んじゃったんですけど!

多摩川を渡り、神奈川県に突入!

鈴ヶ森刑場跡を過ぎ、いったん第1京浜に吸収された旧東海道は大森本町のあたりで、またちょっとだけ旧街道が復活します。
このあたりは海苔の産地だったようで、海苔屋さんが何軒も目に付きました。

日本橋を12時に出て約3時間45分、京急の大森町付近でちょっと休憩します。ここまで約16km。
このあたりから再び第1京浜に合流してしまい、多摩川を渡るまでは、あまり面白い道のりではありません。

そして、いよいよ多摩川にかかる六郷橋に到着。多摩川を歩いて渡るのなんて初めてですが、意外に水量豊かなんですね。

昔はこの多摩川を渡る橋がなく、旅人も荷物もみんな渡し船を使って越えていた、と想像すると、なかなか大変だったんだろうな、と思ってしまいます。

六郷橋を越えると、そこはもういきなり川崎の町なのでした。

歌川国貞作 川崎之図 東海道五十三次之内 (美人東海道) │ 広重が描いた川崎宿を背景に、国貞の代名詞である美人画を配した言わば"コラボ作品"。なぜ今回、美人東海道なのか?本文には(多分)関係ありません笑

人生初の堀之内体験!

いざ、神奈川県に入り、マンションやら雑居ビルやらが並ぶ旧東海道を歩くのですが、ちょうどこのあたりの一本南側の通りに、気になる地名があります。

「川崎市川崎区堀之内町」。

堀之内といえば、「オレたちひょうきん族」の「タケちゃんマン」で唄われた、あの有名な歌

♪今日は吉原、堀之内〜中州ススキノニューヨーク♪

で有名な、あの堀之内です。思わず通りを一本それて、写真を撮ってしまいました。

写真だけですよ!

江戸時代からこの近辺は川崎の宿場町として賑わい、飯盛女を置いていた旅館が多かったことから、戦後も青線地帯として残り現在に至るのですが、かつては「川崎城」とか「川崎流」とか「テクニックの堀之内」とか、東海道を学ぶ上では欠かせない歴史があったようです。詳しくは各自図書館でお調べください。図書館にはそういう類の歴史本はないかもしれないけど。

ということで、「タケちゃんマン」のあのメロディーが頭の中を繰り返し駆け巡りつつも、堀之内の誘惑に負けず、無事に川崎駅前に到着しました。

この日のふらっと完歩はここまでで終わりなのですが、川崎駅近くに気になる地名を発見してしまいました。

女躰神社

しかし堀之内とは一切関係ありません。
かつてこの地は多摩川の水害に見舞われることが多かったのですが、氾濫を鎮めるために身を投じた女性を祀り、村の鎮守社としたことが由来とされています。

家に帰ろうとラゾーナ側から駅へと向かおうとしたら、会社の後輩夫妻にバッタリ会ってしまいました。

このあたりにお住まいでしたっけ?と聞かれたので、正直に

「いや、ちょっと散歩中」

と答えましたが、かなり不思議そうな顔をしていました。もし堀之内で会っていたら、散歩中、と言っても絶対に信じてもらえなかったんだろうな、と思います。

今回の結果:日本橋~川崎宿 17.7㎞を制覇!

実際の歩行距離は寄り道入れて22.11㎞、所要時間4時間47分、
消費カロリー2115cal
東海道テキトー完歩まで:現在の合計 17.7㎞/495.5km

Vol5.へ続く
< Vol3.品川~川崎宿 <前編> 鮫洲の親分とか東海道の追いはぎとか

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<小松美羽さん単独インタビュー> -Part1- 小松美羽さんと巡る出雲の旅

世界を舞台に活躍する現代アーティスト小松美羽さんの単独インタビュー第一弾。
アナザースカイ(日テレ系)が2週連続で5/27(伊勢篇)、6/3(出雲篇)の放映が決定した小松さん。

番組では2014年に”新風土記”を奉納した出雲へ訪れ、「新風土記の第二弾」を制作し番組内で初公開されます。

常に未来へ進み続ける小松美羽さん。そんな彼女に、この度HYAKKEIの単独インタビューに応えて頂く事が出来ました。”光の柱”の出現を体験し作品に大きな影響を与えたという出雲大社との深い関わりや、出雲の地での新作アートの制作、制作の中心にある祈りの原点に迫ります。

インタビューPart1ではアナザースカイでの撮影風景を元に、”小松美羽さんと巡る出雲大社”をお届けします。出雲の地への親愛の念溢れる小松さん。自然体で語っていただきました。

写真:神庭 恵子 / インタビュー・文:菊地 伸(HYAKKEI)


今回のアナザースカイのハイライトは、2014年に新風土記を制作した際と同じ古民家で制作した、初公開となる絵画作品。この作品についてはインタビューPart2で詳しくお伝えします。

< 小松美羽プロフィール >

1984年長野県生まれ。女子美術大学短期大学部在学中に銅版画の制作を開始。近年ではアクリル画、立体作品などに制作領域を拡大し、力強い表現力で神獣をテーマとした作品を発表。

2015年、ロンドンで開催されたチェルシー・フラワーショーへ有田焼の作品を出品し、受賞作が大英博物館へ収蔵されるという快挙を成し遂げる。その後、台湾、香港、日本での個展において動員数、売上とも記録を塗り替える。

HTCとのコラボによるVR作品『INORI~祈祷~』が第76回ヴェネツィア国際映画祭VR部門、イギリスのレインダンス映画祭にノミネートされる。2020年、日本テレビ系「24時間テレビ」のチャリTシャツのデザインを担当など、国内外で大きな注目を集めている。

小松美羽 Miwa Komatsu | オフィシャルサイト

『アナザースカイ』
日本テレビ
5月27日(木) 伊勢編 24:59~25:39
6月3日(木) 出雲編 25:09~25:39

アナザースカイ 番組公式サイト
https://www.ntv.co.jp/anothersky2/

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