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うちなー滞在記vol.4「琉球時代にタイムスリップ~難攻不落の秘密と祭司ノロ・前編~」

沖縄に移り住んで5か月。沖縄に、だいぶ慣れてきたと感じることが多くなってきました。

人、土地、建物、自然、気候、オリジナリティにあふれた歴史や文化、あらゆるものが新鮮だった一方で、故郷・東北への郷愁もありました。

そんな頃、私のこころを解きほぐしてくれたのは近所のご家族の存在でした。

小学生のお子さんが、流行りのアニメ主題歌を歌いながら遊んでいた時、「なんでやねん」と突っ込みを入れていた時、「内地(ないち…沖縄以外の日本を指して使われる)と変わらないじゃないか」と、妙に安心したのを覚えています。

その子のお父さんが、「沖縄本島の中でも言葉が通じない地域同士がある」と言っているのを聞いたとき、自分の中のわだかまりのようなものがひとつ、解消されたような心地でした。

ところで、沖縄のこのような「多様性」は一体どこからくるのでしょうか?その島、その地域で独自の言葉や風習が残っている。とても興味深いです。

今回ご紹介する「勝連城(かつれんじょう・かつれんぐすく)」にも、「異文化」との交流の歴史を垣間見ることができます。こんなところにも「多様性」のヒントが隠されているかもしれませんね。それでは、ご案内いたします。

遥かなるローマ帝国のコイン

勝連城跡は、沖縄本島中部・うるま市に位置し、2000年に「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として世界文化遺産に登録されています。

最後の城主「阿麻和利(あまわり)」は、世界各国との貿易によりこの地に繁栄をもたらしたとされています。なんと、当時(14世紀~15世紀)の地層からローマ帝国の貨幣(コイン)が見つかったというのです。他にも、17世紀の地層からオスマン帝国のコインも見つかっています。

阿麻和利は、前の城主が圧政を敷き酒におぼれていたのを見かね、クーデターを起こし城主となりました。

貿易による栄華ゆえか、野心も兼ね備えていました。琉球王府(首里城)の攻略を考えていたというのです。1458年、王府軍に滅ぼされたとされていますが、城に大きな戦いの痕がないということで、謎に包まれている部分が多いそうです。

勝連城は「難攻不落」の城と言われていました。一番上から、一の曲輪(いちのくるわ)、二の曲輪、三の曲輪、四の曲輪と、石垣で囲われた構造となっており、それぞれが階段で連なっています。自然の断崖を利用して築城されているのが、この模型を見るとよくわかります。

城の付近は「底なしの沼」といわれるほど水量豊富な湿地帯で、普段は財政を支える農地でしたが、有事の際は、侵入者を足止めする役割を果たしていたそうです。

難攻不落の勝連城・石階段の秘密

上の曲輪(くるわ)への階段には、いくつか工夫が凝らされています。

城を正面に、右側からぐるっと回りこむように階段を造ることで、侵入者の右手が石垣側にくるようにしてあります。つまり、武器を持っている右手の動きを制限しようとしました。

傾斜を急にして、侵入者の体力の消耗を図ります。上の曲輪から侵入者の数を把握したり、攻撃を加えやすい角度になっています。

階段への工夫はまだありますが、続きは一の曲輪への階段でご説明します。

上へ登るにつれ、海の色に変化があるのも面白い見所です。

見る角度によって、太陽の光の反射の仕方が変わるからでしょうか。

二の曲輪に正面17m、奥行き14.5mの正殿跡が発見されています。

首里城正殿のように柱の多い構造で、礎石(そせき…建物の柱を支える石のこと)のあるしっかりとした造りだったそうです。勝連城の中で、最も重要な場所であったと考えられています。

二の曲輪から一の曲輪への石階段沿いに作られています。

これは「ウシヌジガマ」といいます。ウシヌジは「身を隠し、凌ぐ(しのぐ)」という意味で、ガマは「自然洞穴」のことです。

この洞穴は、一の曲輪脇の洞穴と繋がっており、1458年にあったとされる王府軍の戦いで、阿麻和利がこの抜け道を使って、現在の読谷村(よみたんそん)まで逃げ延びたという伝説も残っています。

さて、いよいよ一の曲輪への階段です。城にとっては「最終防御ライン」です。

後編へ続く。

沖縄そばだけど「うどぅん」

最後に、沖縄本島北部・名護(なご)市にある飲食店をご紹介します。

「御殿(うどぅん)」というお店です。

「御殿(うどぅん)」は、琉球王族の邸宅を指す言葉だそうです。

「ゴーヤチャンプルー定食」「ソーキそば」、迷いましたが私が注文したのはこちら。

「イナムドゥチ定食」です。いなむどぅち?

名前の意味はわかりませんでしたが、帰ってから調べました。イナは「イノシシ」、ムドゥチは「もどき」。宮廷ではイノシシ肉を使っていたそうですが、それを豚肉を使った家庭料理にしたものなのだそうです。

具材の出汁と白みそが良く合い、本当に美味しかったです。機会がありましたらぜひご賞味ください。

それではまた、次回にお会いしましょう。

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うちなー滞在記vol.5「琉球時代へタイムスリップ~難攻不落の秘密と祭司ノロ・後編~」

沖縄本島の人たちが「宮古島」の方言を聞いたとき、「何を言っているのかわからない」という話をよく聞きます。

その島その地域で、独自の言葉や風習が残っている。「うちなーぐち(沖縄方言)」とひとくくりには出来ない、そんなところも沖縄の魅力のひとつではないでしょうか。

しかし、このような「多様」な言葉・文化・風習が残っていられるのは何故なんでしょうか?理由は様々ありそうですが、私はうちなーんちゅ(沖縄の人たち)からこんなことを感じることがあります。

・人は人、自分は自分

・自分が大事にしているものがあるように、他の人にも大事にしていることがある

多様な文化との交流によりつちかわれた、うちなーんちゅならではの感性かもしれません。

さて、今回は世界遺産「勝連城(かつれんじょう・かつれんぐすく)跡」の後編です。勝連の繁栄と石階段の秘密、そして沖縄においての「民間信仰」について、勝連城と共に見ていきたいと思います。

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<小松美羽さん単独インタビュー> -Part2- アーティスト小松美羽に迫る。新風土記・第二弾の制作。そして創作の原点に在る”祈り”。

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<小松美羽さん単独インタビュー> -Part1- 小松美羽さんと巡る出雲の旅

世界を舞台に活躍する現代アーティスト小松美羽さんの単独インタビュー第一弾。
アナザースカイ(日テレ系)が2週連続で5/27(伊勢篇)、6/3(出雲篇)の放映が決定した小松さん。

番組では2014年に”新風土記”を奉納した出雲へ訪れ、「新風土記の第二弾」を制作し番組内で初公開されます。

常に未来へ進み続ける小松美羽さん。そんな彼女に、この度HYAKKEIの単独インタビューに応えて頂く事が出来ました。”光の柱”の出現を体験し作品に大きな影響を与えたという出雲大社との深い関わりや、出雲の地での新作アートの制作、制作の中心にある祈りの原点に迫ります。

インタビューPart1ではアナザースカイでの撮影風景を元に、”小松美羽さんと巡る出雲大社”をお届けします。出雲の地への親愛の念溢れる小松さん。自然体で語っていただきました。

写真:神庭 恵子 / インタビュー・文:菊地 伸(HYAKKEI)


今回のアナザースカイのハイライトは、2014年に新風土記を制作した際と同じ古民家で制作した、初公開となる絵画作品。この作品についてはインタビューPart2で詳しくお伝えします。

< 小松美羽プロフィール >

1984年長野県生まれ。女子美術大学短期大学部在学中に銅版画の制作を開始。近年ではアクリル画、立体作品などに制作領域を拡大し、力強い表現力で神獣をテーマとした作品を発表。

2015年、ロンドンで開催されたチェルシー・フラワーショーへ有田焼の作品を出品し、受賞作が大英博物館へ収蔵されるという快挙を成し遂げる。その後、台湾、香港、日本での個展において動員数、売上とも記録を塗り替える。

HTCとのコラボによるVR作品『INORI~祈祷~』が第76回ヴェネツィア国際映画祭VR部門、イギリスのレインダンス映画祭にノミネートされる。2020年、日本テレビ系「24時間テレビ」のチャリTシャツのデザインを担当など、国内外で大きな注目を集めている。

小松美羽 Miwa Komatsu | オフィシャルサイト

『アナザースカイ』
日本テレビ
5月27日(木) 伊勢編 24:59~25:39
6月3日(木) 出雲編 25:09~25:39

アナザースカイ 番組公式サイト
https://www.ntv.co.jp/anothersky2/

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