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下瀬美術館「周辺・開発・状況 -現代美術の事情と地勢-」展/インタビュー後編:吉村良介氏, 高橋紀成氏, Mario Christiano氏, Stefano Pesce氏

2023年に広島県大竹市に開館した下瀬美術館。厳島、瀬戸内海に面し、世界的建築家である坂茂(ばん・しげる)氏が設計を手がけた当美術館は、2024年12月に「世界でもっとも美しい美術館」としてヴェルサイユ賞を受賞し大きな注目を集めた。

この下瀬美術館で「周辺・開発・状況 -現代美術の事情と地勢-」展2025年4⽉26⽇(土)から7⽉21⽇(⽉・祝)が開催され、開幕10日で来場者数1万人を越え、同館最速の記録となり盛況を博している。

1980年〜2000年生まれのアジアの若手アーティストの作品群により構成される本展はヴェルサイユ賞受賞を記念して行われる特別展示であり、下瀬美術館にとって初の現代芸術展というチャレンジングな展示でもある。

前編に続き、下瀬美術館の代表理事を務める吉村良介氏、同じく下瀬美術館のボードディレクター高橋紀成氏、そしてイタリアNo1ギャラリーGalleria ContinuaオーナーMario Cristiani氏、Mark Tobey財団ディレクター兼アートアドバイザー/Stefano Pesce氏のインタビューをお届けします。

<下瀬美術館 代表理事/吉村良介氏インタビュー>

わかりやすく親しみやすい下瀬美術館としてスタート。

下瀬美術館 代表理事/吉村良介氏

吉村良介氏「下瀬美術館に展示している作品は、親会社の丸井産業のオーナー下瀬ゆみ子と下瀬静子の親子のコレクションです。主に日本と海外の近代の洋画・工芸などを展示するためにスタートしました。多くは京人形やエミール・ガレや加山又造、マティスなどで構成されいます。

下瀬美術館は元々、わかりやすく親しみやすい美術館としてやっていこう。というコンセプトでスタートしました。
美術館って往々にして上から目線で「ちゃんと見なさいよ」みたいな雰囲気があって、疲れてしまったりすることがあると思うんですよ。

下瀬美術館ではもっと自然に、エミール・ガレの後に、可動展示室に行ったら近代の作家さんの絵画があったり、京人形があったりします。可動展示を活用して歴史的なアートと現代アートが融合し、そこを行き来するアミューズメントパーク的な美術館を目指しました。

若手の現代美術展は下瀬美術館としてのチャレンジ。

「周辺・開発・状況 -現代美術の事情と地勢-」展示風景

吉村良介氏「下瀬美術館でも若手作家のみの展示を開催する事は、実はチャレンジでした。若手キュレーターが企画する展覧会は、実は最初は賛成ではなかったんです(笑)先ほどお伝えした通り親しみやすい下瀬美術館、というイメージがありますから。

しかし、下瀬美術館は親会社の丸井産業のオーナーのコレクションを見せることから始まった美術館ですが、丸井産業は建築資材の会社で常に「挑戦」の精神で発展してきた会社ですので、美術館にもその精神を反映させたく、“思い切って“やってみるか!”という気持ちで初めたのが今回の展覧会です。」

お客様の声を聞いて、下瀬美術館の可能性を発見したい。

吉村良介氏「今回の展示は、未知の可能性へのチャレンジです。ですから、お客様の方に「どの様に作品を感じられたか、教えてください」とお伝えしています。私たちだけでは測りきれない価値がそこにある可能性がありますから。

実際今、来館されている若い方達にアンケートを取るなどして詳しく反響を聞きたいですね。やっぱり共感が大事じゃないですか。若手作家さんの作品を見て、お若い方々がどう感じるかは大事だと思います。その作家さんが評判が良ければ展示を続けていっても良いと思いますし、そういった新しいニーズを掘り起こして、また今度いってみたいね、という下瀬美術館であり続けたいと思っています。」

<下瀬美術館 ボードディレクター・プロデューサー/高橋紀成氏インタビュー>

下瀬美術館 ボードディレクター・プロデューサー/高橋紀成氏

最後は結果で責任を取るのがプロデューサーの使命。

高橋紀成氏「ボードディレクターとして館の展覧会の方針を統括し、プロデューサーとして企画運営を指揮しブランディングをする立場から、今回の「周辺・開発・状況 ― 現代美術の事情と地勢 ―」展では現代アートの批評的文脈と興行的側面の集客の両立を成立させることが使命であると考えていました。

現代美術は動員が難しいと一般的にも言われていて、地方の美術館がどこでも苦しんでいるのは知っていたので、キュレーターの人選も若手の気概のあるキュレーターに何人も会ってプレゼンを受け、最も情熱的で広島のエリア性も考慮し将来性があると私が感じた若手を数人セレクトしてボード会議(取締役会)にあげて決定し、企画の段階からPR 戦略もきっちりと組み上げました。

PRとはプロモーションではなく、パブリック・リレーションズの略です。つまり社会との関係性を構築することが本来の意味です。

その結果、開幕10日で来場者数1万人を越え、現代美術展としては異例の来館者数を記録できたのは幸先の良いスタートを切れました。結果で責任を取る立場として、最低限の責務は果たせたと考えています。」

美術館の価値を高めながら、人が集まる展示を実現する難しさ。

現代美術展としては異例の活況を呈している。

高橋紀成氏「ただ、美術展の価値は動員や収益だけでは測れません。現代美術は歴史的・批評的な文脈の上に成立しているため、その筋道が明確でなければ展示の意義は損なわれます。話題性だけに頼った企画では下瀬美術館の評価を高めることはできません。

吉村代表理事が掲げる 『下瀬美術館の新しい可能性を切り拓く』 というビジョンを実現するには、現代美術への挑戦が必然でした。そして、その挑戦を〈動員〉の面でも成功させることが私に課せられた大きな使命でした。」

日本のキュレーターの育成の場を創出したい。

高橋紀成氏「日本の現代美術界では、企画と実務を往還できるキュレーターを育成する環境がまだ十分とは言えません。収益性がなければ予算もかけられないという現実もあります。美術館と企画によって考え方は様々だとは思いますが、やるからには、若手だからこそ充分な予算をかけて思いを形にさせてあげたいと考えて行いましたが、おかげで想定の倍の予算がかかりました(笑)

今回の展覧会はスタートに過ぎず、日本の若手キュレーターが実地で経験を積める“登竜門”となる場へ発展させ、毎年行っていきたいと考えています。そして来場者数で結果がついてくれば全国の美術館も現代美術の展覧会をもっと多く企画することになると思うので、その意味でも興行面で成果を上げることには大きな意義があると捉えています。」

<Galleria Continuaオーナー/Mario Cristiani氏・Mark Tobey財団ディレクター兼アートアドバイザー/Stefano Pesce氏 インタビュー>

左)Stefano Pesce氏/Mark Tobey財団ディレクター兼アートアドバイザー 右)Galleria Continuaオーナー/Mario Cristiani氏 

下瀬美術館には、海外から視察に訪れるアート関係者も後を絶たないと聞く。
実名は伏せるが、ヨーロッパのメジャーな美術館の館長やキュレーター、メガギャラリーのディレクターが来たり、世界トップ200のコレクターがヴィラに宿泊に訪れるなど、世界でも注目のエリアとなっている。

そこで記者が滞在している際に幸運にもお会いしたヨーロッパアート業界のスペシャリストから話を伺う事が出来た。

HYAKKEI「この度はインタビューの機会をいただき光栄です。下瀬美術館の印象と、お二人が考えるアートの役割についてお聞かせください。」

Mario Cristiani氏「下瀬美術館は左手には、厳島神社と神の島として崇められる宮島。右手には、戦後の日本が奇跡的な復興を遂げる中で築かれたコンビナート群が広がる。美術館の中だけで無くエクステリアのユニークさ、またそこからの情景、信仰と産業、静寂と躍動、永続と変化にも心を打たれる、こんな美術館はどこを探しても無いと思います。

この様に、私たちが生活を営む街にはアートが必要です。そしてグローバル化や産業化が進む現代においては、国際的な視点を持った芸術家の感性が非常に大切ですね。権力者の傲慢さが世界を混乱させていますが、そんな今だからこそ芸術家の表現の自由と、新しい未来を思い描く力が重要なのです。

生命の儚さを尊重することの大切さを、アートは伝える力を持っています。過去の破壊を二度と繰り返さないために、国際的な企画を広島で構想している所です。」

Stefano Pesce氏「下瀬美術館はとても魅力的なスペースだと思います。美術館はそこで暮らす人々の心と思考の中心であるべきだと考えています。下瀬美術館はそれが実現された美術館だと思いますよ。

私はアーティストと美術館を繋ぐ役割を担っています。その様な立場から、下瀬美術館はとても興味深く魅力的です。ここに訪れたのは2度目ですが、その時、感じたことは”I’m home!”(ただいま!)でしたよ。魅力的なスペースにはそれを充実させる作品が必要ですし、これからの展示にも期待しています。」

<HYAKKEI 編集部NOTE>
下瀬美術館の新たなチャレンジとして開催された現代美術展「周辺・開発・状況 -現代美術の事情と地勢-」。光栄にも下瀬美術館代表理事、プロデューサーをはじめ、この地に集結した世界を代表するアート関係者、新進気鋭のキュレーターの方々にお話を伺うことが出来た。

混沌を深める世界と向き合い、アートの力で希望を未来を切り開こうとする勇気、そして挑戦。その強い信念と情熱は国境を超え、世界のアートシーンが繋がった。この幸運な邂逅の地が、瀬戸内の陸と海、戦後日本と現代建築の境界線上に存在する下瀬美術館であったということは象徴的であり、必然であったのかもしれない。

この場に居合わせる機会を頂いた事に心から感謝したい。そして、新たなアートシーンの起点であったと後世に語られる可能性を持った「周辺・開発・状況 -現代美術の事情と地勢-」をぜひ多くの方に体感して頂きたいと願う。

「周辺・開発・状況 -現代美術の事情と地勢-」

開催期間:
2025年4⽉26⽇(土)〜7⽉21⽇(⽉・祝)
休館日:
月曜日(祝日の場合は開館)
開館時間:
9:30-17:00
観覧料:
一般2000円(1800円)
高校生・大学生1000円(800円)
大竹市民1500円
中学生以下無料
( )内は20名以上の団体(要予約)
主催:
一般財団法人下瀬美術館、中国新聞社
後援:
広島県教育委員会、大竹市教育委員会、中国放送、広島テレビ、広島ホームテレビ、テレビ新広島、FMはつかいち76.1MHz

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