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【東海道五十三次ふらっと-flat-完歩】Vol13.小田原宿~箱根宿<前編> 決戦は金曜日!猿とかオンナコロシとか

『東海道五十三次ふらっと-flat-完歩』とは…
ふとしたきっかけで東海道を歩き、その魅力に目覚めた筆者が、旧東海道に沿って、五十三次、約500㎞をテキトーに歩き、永い歳月をかけてついに完歩してしまった感動巨編!(ただし全米は泣かない)。

時間がある時にぶらっと出かけて、気の向くままに歩くシステム。よって歩く順番もランダム。名所旧跡を語るより、街道沿いの人々や風俗(変な意味ではない・・・と思う)、B級スポットなどを、ときどき妄想も入れつつ紹介し、いつか現代の十返舎一九と呼ばれたい。

いよいよ「天下の嶮」箱根越えに挑戦。ま、箱根というと首都圏から気軽に行ける温泉地ってイメージがあるけど、昔の人の箱根越えは命がけだったんだそうな。ホンマかいな?

いきなりお猿さんチーム登場

11月21日、翌日からの3連休を控えた金曜日。
天気予報もおおむね良好であることを確認して、東海道ふらっと完歩の最初の難所、箱根越えをこのタイミングで決行することにしました。

過酷な峠越えには、暑すぎず、寒すぎず、ちょうどいい気候で、紅葉も見頃。
連休で観光客が箱根に押し寄せる前に箱根に入ってしまい、連休入りと同時に人の流れと反対に箱根を出て、できればそのまま連休を利用して静岡方面も少しまとめて歩いてしまい、最後に1日ゆっくり休んでからまた仕事に戻ろう、という魂胆です。

出発は・・・・・一応箱根気分、ってことでロマンスカーに乗ってみました。

小田原で箱根登山電車に乗り換えて、今回のスタート地点「風祭駅」に着いたのは11時半ちょっと前。

まあ、今日は芦ノ湖に宿も取ってあるし、夕方までに13,4キロ歩くだけだから余裕だろう、と思っていました。

結論からすると、そんな余裕は全くなかったのですが。。。

風祭駅のすぐ北側を通る旧道沿いに、ゆるやかな坂を鼻歌交じりに歩きます。

風祭駅の標高36m、今日の箱根越えの最高地点の標高は820mくらいでしょうから、約800mの高低差を上るわけです。ずっとこんな感じであるわけがありませんので、まあ準備運動ですね。

入生田の駅の手前で箱根登山鉄道の踏切を渡ります。連休前日なので、平日ではありますがいつもより観光客は多そうでした。

箱根湯本駅手前で旧東海道は左に折れて、三枚橋を渡ります。
いよいよ、ここからが箱根越えの本番です。

ちょうど正午のサイレンが鳴り響きました。
さあ、果たして、タスキは、つながるのか!!!

箱根町役場を右にみながらゆるやかにカーブをすると、いきなり勾配がきつくなります。
吐く息は白いのですが、もう半袖でもいいくらいにカラダが火照ってきます。とうとう来たな、箱根め。

箱根湯本温泉の旅館が立ち並び始め、道路脇の側溝から湯気が立って、軽く硫黄のにおいがたちこめています。

と、突然、電柱の上になにやら哲学的な思索をしている風な輩が。

なにか重大な真理を突き止めたのか、次の瞬間、彼は猛然と移動を始めます。
もちろんここは旭山動物園ではありません。

と思ったら、子供まで出てきちゃったりして。
まあ、山奥の温泉に入りにくるサルは知ってますが、こんなに民家の近いところで哲学&旭山動物園ごっこをしているサルを見たのは初めてです。来たな、箱根め。

女殺し、もとい、女転しの坂

金曜の夜、仕事終わりに観光バスやらロマンスカーやらでぶらっとやって来て、ただ飲んで食ってゲ○をはくだけのような、極めて20世紀的な大宴会を今まで何度もやったことのある、箱根湯本の旅館群が見えてきます。

ただ、こうやってはるばる歩いてやってきてみると、すごく神聖な場所にあるように思えてくるから不思議です。

やがて谷間が少し開けて、ホテルはつはなの横を通り、須雲川の集落を過ぎて大きく左右にカーブすると「おんなころしの坂」が登場します。

おんなころしは「女転し」と書きます。「女殺し」ではありません。「女ごろし」とか僕も言われてみたいけど。。。

「箱根道の難所の一つで、急な坂が多く馬に乗った婦人がこの付近で落馬して死んでしまったこと」に由来しているそうです。「転し」と「殺し」をかけてるんですね。

さて、この先の割石坂から、旧東海道は江戸時代の石畳を再現した山道が多くなります。

昼なお暗い湿った石畳が急勾配で延々と、本当に延々と続くのです。

湯本あたりの下界にいる時間帯はあまりお腹がすいていなかったこともあり、昼食を食べそびれたままここまで来てしまったのでした。だからまとまった休憩時間も取らないまま、もう2時間近くも、なんとなく歩き続けていました。

でも実はここからが本番。東海道で最もつらい区間がこの先から始まるのです。

Vol 14.へ続く
< Vol12.大磯宿~小田原宿<後編> いざ、小田原攻め ~おでんとあんぱんと私~

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世界を舞台に活躍する現代アーティスト小松美羽さんの単独インタビュー第一弾。
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番組では2014年に”新風土記”を奉納した出雲へ訪れ、「新風土記の第二弾」を制作し番組内で初公開されます。

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インタビューPart1ではアナザースカイでの撮影風景を元に、”小松美羽さんと巡る出雲大社”をお届けします。出雲の地への親愛の念溢れる小松さん。自然体で語っていただきました。

写真:神庭 恵子 / インタビュー・文:菊地 伸(HYAKKEI)


今回のアナザースカイのハイライトは、2014年に新風土記を制作した際と同じ古民家で制作した、初公開となる絵画作品。この作品についてはインタビューPart2で詳しくお伝えします。

< 小松美羽プロフィール >

1984年長野県生まれ。女子美術大学短期大学部在学中に銅版画の制作を開始。近年ではアクリル画、立体作品などに制作領域を拡大し、力強い表現力で神獣をテーマとした作品を発表。

2015年、ロンドンで開催されたチェルシー・フラワーショーへ有田焼の作品を出品し、受賞作が大英博物館へ収蔵されるという快挙を成し遂げる。その後、台湾、香港、日本での個展において動員数、売上とも記録を塗り替える。

HTCとのコラボによるVR作品『INORI~祈祷~』が第76回ヴェネツィア国際映画祭VR部門、イギリスのレインダンス映画祭にノミネートされる。2020年、日本テレビ系「24時間テレビ」のチャリTシャツのデザインを担当など、国内外で大きな注目を集めている。

小松美羽 Miwa Komatsu | オフィシャルサイト

『アナザースカイ』
日本テレビ
5月27日(木) 伊勢編 24:59~25:39
6月3日(木) 出雲編 25:09~25:39

アナザースカイ 番組公式サイト
https://www.ntv.co.jp/anothersky2/

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