山口県の美味佳肴を体験する旅へ
本州最西端に位置する山口県。
秋芳洞や角島など、風光明媚な観光名所はつとに有名だ。食文化もならではのものがあり、名物や特産品も多いと聞く。それらを肌で体験すべく、旅に出た。時は12月初旬、さあ冬の山口で何に出会えるだろうか?
最初の目的地は県北部、日本海に面する萩市。高杉晋作をはじめとする幕末の志士を多く輩出した歴史のまちである。城下町時代の建物もあまた現存し、そぞろ歩きが楽しい。歴史的建造物が集まる地区はもちろんだが、一般のご家庭も風格ある造りの家が多いのには驚かされた。焼きをつけた趣ある木壁、そして瓦屋根の家々が連なる萩のまち。次第になんだか、タイムスリップしたような気持ちになる。観光地だけではなく、何気ない市街地もぜひ散策してみてほしい。
味、香り、そして締まった身質の良さが山口の“魚介”の魅力!
– 萩市吉田町『MARU』にて –
散歩を楽しんだ後は、さあ腹ごしらえだ。山口県は日本海と響灘、そして瀬戸内海と三方を海に囲まれ、魚族の宝庫ともいわれる。萩市だけでも年間約250種もの魚が獲れるという。「山口の魚は鮮度や香りはもとより、食感がいい。コリッとした歯ごたえがたまらんのよ」地元の方が誇らしげに言った。旅した日に味わったのが、写真右からアマダイ、マフグ、メイボ(カワハギの萩地方の名前)、瀬つきアジ。瀬つきアジとは、県の日本海側で獲れるアジのことで、エサの多い瀬(水中の岩礁)に棲みつくことからの命名だそう。
おお、たしかにどれも身がピンとして、弾力に富む!歯ざわりも食の楽しさを構成する大きな要素だということを再発見した思いだ。どれも日本海で揉まれた魚、荒い潮流が優れた身質を育てるのだろう。
アマダイを刺身で食べるのは初体験だった。「萩名物のひとつで、刺身は地元でおなじみですよ」と店員さん。本当に、コリッとするなあ……マフグにしてもカワハギにしても、噛むほどにうま味が生まれてくる。コリッ、キュッ、シャクッ…それぞれに食感が微妙に違って面白い。山口の魚は、噛みしめたときに立つ音もまたごちそうなのだな。新鮮な体験だった。そしてアジは爽やかな香りに満ちて、これまたいい……。ああ、思い出しつつ書いていてまた食べたくなってしまった。
「こちらも、山口ならではのものですよ」
とすすめられたのが金太郎なる小魚の焼いたので、全国的にはヒメジと呼ばれるもの。金魚のような鮮やかな色からその名がついたとか。
味わいは淡泊で小骨が多いのだけれど、不思議と手が止まらない。ほろ苦いワタのうまさは鮮度が良ければこそ。燗酒の肴にぴったりだった。うーむ、全国的にも酒肴として愛されるポテンシャルを感じる。
「食べてほしい魚は他にもいろいろありますよ。萩沖のヒラマサも絶品ですし、名物のケンサキイカも食べてほしいなあ。春ならシロウオ、夏になれば赤ウニもおいしいし、山口はノドグロやマダコにハモ、それにアンコウも名物なんです」枚挙にいとまがないという感じで、地元の方が“推し”を挙げてくれる。アンコウは肝を昆布巻きにして甘辛く煮つけたものを味わったが、絶品だった。まさに佳肴、家でもぜひ真似してみたい。
そして日常的にはフカやエイ、ワカメなども山口の食卓を彩る。刻んだワカメをシソ、ゴマ、かつおだしでふりかけにした「しそわかめ」は、県人にとって定番中の定番。「しそわかめをごはんに混ぜておにぎりにしたら、もうたまらんですよ」と目を細める人の多かったこと。私も以前から好物で、もっと広く買えるようになればいいと思っている。ごはん党なら、ぜひ試してみてほしい。
また江戸時代から山口は捕鯨が盛んで、食文化を語る上でクジラは欠かせない。現在も様々な部位を刺身や揚げもの、酢味噌和えにするなどして食べられている。
和牛のルーツといわれる“見島牛”のスッキリとしたうま味に酔う
– 萩市椿鹿背ヶ坂 見蘭牛ダイニング『玄』にて –
魚介のみならず、萩は牛肉どころでもあることを不覚にも知らなかった。萩市沖の北西に浮かぶ見島(みしま)では、和牛のルーツともいわれる貴重な在来種の見島牛が育てられている。日本海の離島という厳しい環境で育つことで、自然と牛はエネルギーを体内に溜め、それがきめこまやかなサシの入った肉質に繋がるのだそう。
実際に食べてみれば、うま味に満ちていながらクドさが一切無い。上質な牛肉の証だ。ガツンと来るおいしさがありつつ、食後はさっぱりとして胃にもたれない。若い人からお年寄りまでそのファンは多く、ある高齢の方からは「年と共に肉は胃に重くなってしまって敬遠してたんだけど、見島牛は別。元気をつけたいときによく食べますよ」という声が聞かれた。
老若男女問わず愛される見島牛、ぜいたくにハンバーグにして出す店もあり、開店後まもなくして売り切れるほどの人気を集めている。
日本の食文化の華のひとつ“フク”を本場で存分に楽しもう
旅も二日目、県の最西部である下関(しものせき)に移動した。下関市といえば全国的に有名なのは、なんといってもフグである。県内ではフグとはいわず、フクと清んで読まれるのが一般的。
「“福”に通じるわけです。フグと濁っては“不遇”に通じてしまう」と聞き、なるほどと膝を打った。地元の方々に聞けば、お祝い事や年末年始に人が集まったとき、フク料理は欠かせないものという。一年の無事を祝い、来年の幸を願うときにフク料理を囲む。つまり下関においてフク料理とは招福の料理なのだ。薄造りの「菊盛り」もめでたさに華を添える。鶴や亀を模して盛りつけられることもあるのだそう。
– 下関市阿弥陀寺町 AKAMA布久亭にて –
下関には良質なトラフグが全国から集まってくる。高度な技術を持った職人が迅速にそれらを処理して出荷することで、「下関フク」というハイブランドが維持されている。業者さんにたずねれば、「12月が出荷のピークですが、1日に3000尾を加工することもめずらしくありません」とのこと。もちろん処理はすべてが手作業、場数をこなすからこそ技術が磨かれる、という面もあるだろう。
高たんぱくで低脂肪ながら、フクはうま味が実に強く、それでいて上品だ。繊維の多さが歯ごたえのよさに繋がり、フク独特の食感が生み出される。「刺身は薄すぎても物足りないし、厚ければ食べにくい。加減がむずかしいんです。
おいしさを保つにはすばやさも必要です」と、フグ専門店の板前さん。習熟に至るまでは「早くて2年、3年あればまあなんとか…」とも。
フグは刺身や鍋はもちろん、焼いても絶品だ。手に取って、歯で身をこそげ取るときは我を忘れる。まずはそのままで、次は塩をぱらり、最後にスダチをしぼって味の変化を楽しむ。
ああ……うまい。うまいなあ。下関に来てよかった……としばし陶然。そのとき、関門海峡をゆく船から汽笛が響いた。山口の夜はふけゆく。
一度食べたら忘れられない 県外のファンも多い“瓦そば”を堪能
– 下関市豊浦町川棚 『元祖瓦そば たかせ』にて-
旅も最終日。ユニークな郷土の味を訪ねて、下関市中心部から北へ車で40分程度、下関市豊浦町は川棚地区に向かった。温泉郷としても知られるエリアである。
お目当ては、瓦そば。明治10年の西南の役の折、兵士たちが野戦中の調理に瓦をもちいて肉などを焼いた……というエピソードをもとに、昭和30年代に考案されたと伝わる。熱した瓦の上に、ゆでた茶そば、錦糸卵、牛肉、海苔、レモンにもみじおろしをのせていただくもの。
熱気を帯びた瓦にのせられたそばからジュウジュウと音が立ち、湯気がのぼる。
いやはや、見た目が個性的でユニークこの上ない! 抹茶色、黄色、茶色、黒、そして黄色にオレンジ色と色彩的にも日本の料理においてワンアンドオンリーの存在といえよう。
熱されたそばが次第にパリパリになってゆく頃を見計らって、めんつゆにつけていただく。茶そばの香ばしさが際立ち、そばの固いところと柔らかいところ、異なる食感が口の中で混ざり合うのが実に楽しい。
上にのっているレモンともみじおろしは別にとっておき、半分も食べたぐらいでめんつゆに加えると、酸っぱさと辛さが加わって風味がガラリと変わる。これがまた面白い。県外からやってくるファンも多いというのに納得した。「家でもホットプレートで真似て、よくやりますよ」と語る県人も多かった。山口が生んだローカルフードの逸品である。
個性ある蔵元達の活躍 活況を呈す“酒どころ”としての山口
– 萩市土原 『SAKAYAにて』 –
最後に、山口は日本酒どころとしても秀逸な地であることを添えておきたい。ポピュラーなものをざっと挙げるとすれば、世界にもファンを広げる『獺祭』をはじめとして、『雁木』、『長陽福娘』、『東洋美人』、『貴』、『五橋』といったところだろうか。県内の地域ごとに愛される蔵元があり、それぞれ日常的に消費される定番酒が存在している。
「県内では多くの酒蔵で世代交代がなされ、若い感性による酒造りが盛んになっています。新しいファン層の獲得をめざして飲みやすくフルーティな酒造りをするところもあれば、実験的で革新的な酒にトライする蔵あり、昔ながらの味わいをあえて守るところもあり、差別化がなされて面白い状況になっていますよ」とは関係者の談。萩市では明治34年から続く岩崎酒造を訪ねたが、家族的な経営の老舗蔵元ながら、多様化する日本酒ニーズにこたえるべく、バラエティに富んだ味わいの日本酒を生み出そうとするこまやかで真摯な熱意に感銘を受けた。蔵を代表する酒「長陽福娘」は近年全国的にも注目を集め、人気が高まっている。
ちなみに山口宇部空港の2階には角打ちがあり、山口の地酒が手ごろな値段で楽しめる。県特産のかまぼこなどをつまみにすることもでき、酒好きには嬉しい場所。私も搭乗までしばし美酒を楽しんだ。
駆け足でまわったが、すっかり山口の食に魅了されてしまった。ことに3つの性格の違う海がもたらす魚食文化の豊饒さはまさに圧巻。今度は春か夏に再訪して旬を体験する。そう心に誓って、飛行機の座席についた。